高齢の親が入院や施設に入ると、「お金を引き出しておかないと!」と焦る家族が少なくありません。確かに、親の口座が凍結されるとお金の管理が難しくなるため、心配になる気持ちは理解できます。しかし、相続の専門家の視点から見ると、この行為が後々の相続税申告や遺産分割を複雑にする原因となるケースが多いのです。
1. 相続税の申告時の問題
亡くなる前に多額の現金を引き出すと、そのお金が相続財産に含まれるかどうかの判断が難しくなります。税務署は、死亡直前の大きな引き出しについて「相続財産として扱うべきもの」とみなすことが多く、適切な申告をしないと税務調査の対象になる可能性があります。
① 名義預金とみなされるリスク
例えば、親の口座から子どもが勝手にお金を引き出し、そのまま自分の口座に移した場合、税務署はこれを「名義預金」として認定することがあります。つまり、形式的には子どもの口座に入っていても、実質的には被相続人(亡くなった方)の財産と見なされ、相続財産に含めて相続税を計算しなければなりません。
② 使途不明金とみなされるリスク
大きな金額が引き出され、その後の使い道が不明な場合、税務署は「相続財産の一部を隠したのではないか?」と疑います。特に、使途が明確に説明できない場合は、最悪の場合、過少申告加算税や重加算税の対象になることもあります。
2. 遺産分割の際の問題
現金を引き出すことで、相続人同士のトラブルを引き起こすケースも少なくありません。
① 使い込みを疑われる
生前に特定の相続人が親の口座から現金を引き出していた場合、他の相続人から「勝手に使い込んだのでは?」と疑われることがあります。特に、現金は記録が残りにくいため、どのように使われたのか証明するのが困難です。
② 特別受益とみなされる可能性
もし引き出したお金が特定の相続人の利益になっていた場合、それが「特別受益」として考慮される可能性があります。特別受益とは、生前に特定の相続人が受けた経済的な利益のことで、遺産分割時に考慮される要素の一つです。これにより、遺産の取り分が変わる可能性があるため、相続人同士のトラブルの原因になります。
3. では、どうすればよいのか?
相続の専門家として、以下のような対応をお勧めします。
① 事前に財産管理の方法を決める
・「成年後見制度」や「家族信託」を活用し、親が認知症になったり判断能力が低下した場合でも、スムーズに財産を管理できるようにしておく。 ・親と子どもで話し合い、財産の管理方法を明確に決め、記録を残す。
② 引き出す場合は明確な記録を残す
・医療費や施設費用など、必要な用途で引き出す場合は、領収書や振込記録をしっかり残す。 ・親の了承を得たうえで、家族全員に共有し、トラブルを防ぐ。
③ 遺言書を活用する
・親が元気なうちに、財産の分け方を明確に記した遺言書を作成する。 ・遺言書を公正証書にすることで、より確実に相続を進めることができる。
まとめ
「亡くなる前にお金を引き出しておこう」という考えは、一見合理的に思えますが、相続税申告や遺産分割の際に問題を引き起こすリスクが高くなります。大切なのは、相続が発生した後に困らないよう、事前に適切な財産管理の方法を決めておくことです。
相続対策は、早めの準備が何よりも重要です。専門家のアドバイスを受けながら、円満な相続を実現するための対策を進めていきましょう。