「自分の代で築き上げた会社、次の世代にしっかり引き継ぎたい」 多くの経営者がそう願っています。しかし、万が一の事態は突然訪れるもの。特に、会社経営者の相続は、個人の相続とは比べ物にならないほど複雑で、多くの困難が待ち受けています。「まだ先のこと」と思っていると、取り返しのつかない事態になりかねません。
今回は、なぜ事業者や会社経営者の相続が「高難易度」と言われるのか、その具体的な理由と潜むリスクについて解説します。
1. 突然のトップ不在:後継者選定と引き継ぎの困難
経営者が突然亡くなられた場合、まず直面するのが「誰が会社を継ぐのか」という問題です。
- 後継者候補がいない、決まっていない: 生前に後継者を指名し、育成に着手していればスムーズですが、突然の場合はそうはいきません。親族内に適任者がいない、あるいは候補者はいても経営能力や意欲に不安がある、従業員の中に適任者はいるが本人が望まない、といったケースは少なくありません。
- 引き継ぎ期間の不足: 運良く後継者が見つかったとしても、経営のノウハウ、取引先との関係、許認可、社内の人間関係など、引き継ぐべき事項は膨大です。十分な準備期間がないまま経営を代替わりさせることは、事業の継続そのものを危うくします。
- 相続人間の意見対立: 誰が後継者になるか、他の相続人が納得しないケースもあります。「自分が継ぎたい」「会社を売却して現金化したい」など、相続人間で意見が対立し、後継者選定が難航することも珍しくありません。
トップの突然の不在は、会社の舵取り役を失うことを意味し、事業の停滞や混乱を招く大きなリスクとなります。
2. 「金の卵」が悩みの種に?高額な株式と分散リスク
多くの中小企業にとって、会社の株式(特に非公開株式)は、経営者個人の資産の大部分を占めます。業績が好調で、会社の資産価値が高まっている場合、それは喜ばしいことですが、相続においては大きな問題を引き起こします。
- 株式評価額の高騰: 相続財産としての株式価値は、会社の純資産や収益性などに基づいて評価されます。好調な会社ほど株価は高くなり、相続財産の総額も膨れ上がります。
- 株式の分散: 相続人が複数いる場合、原則として株式も法定相続分に応じて分割されます。後継者以外の相続人も株式を相続することになると、会社の所有権が分散してしまいます。
- 経営権の不安定化: 後継者が安定した経営に必要な議決権(通常は過半数、重要な決定には2/3以上)を確保できない可能性があります。
- 経営方針への介入: 株式を持つ他の相続人が経営方針に口を出したり、配当を要求したり、あるいは株式の買い取りを求めたりすることで、経営が不安定になるリスクがあります。
- 株式の散逸: 相続人がさらに亡くなると、株式がさらに細分化され、会社の意思決定がますます困難になる可能性があります。
会社のコントロールを失いかねない株式の分散は、事業承継における最大の障壁の一つです。
3. 納税資金が足りない!高額な相続税と資金繰りの壁
高額な株式評価額は、そのまま高額な相続税負担に繋がります。
- 巨額の相続税: 会社の株式評価額が高ければ高いほど、相続税の納税額も大きくなります。場合によっては、億単位の相続税が発生することも少なくありません。
- 納税資金の確保難: 最大の問題は、相続財産の中心が「すぐに現金化できない非公開株式」である点です。相続税は原則として現金で、相続開始から10ヶ月以内に納付しなければなりません。しかし、手元に十分な現金がない場合が多いのです。
- 個人資産の売却: 不動産などの個人資産を売却して納税資金を捻出しようとしても、短期間で希望通りの価格で売れるとは限りません。
- 会社からの借入や役員退職金: 会社から後継者が借り入れる、あるいは死亡退職金を活用する方法もありますが、会社の資金繰りを圧迫する可能性があります。
- 株式の売却: 後継者以外の相続人が株式を売却しようにも、非公開株式は買い手がつきにくく、売れたとしても買い叩かれる可能性があります。最悪の場合、納税のために事業継続に必要な株式を手放さざるを得なくなるケースも考えられます。
納税資金を準備できなければ、延納や物納(株式での納税)といった手段もありますが、手続きが複雑で要件も厳しく、必ず認められるとは限りません。資金繰りの問題は、最悪の場合、会社の存続そのものを脅かします。
まとめ:早期対策こそが、会社と家族を守る鍵
このように、事業者や会社経営者の相続には、後継者問題、株式の分散リスク、そして高額な相続税と納税資金の問題という、特有の大きな困難が伴います。これらは相互に関連しあい、問題をより複雑にしています。
「うちはまだ大丈夫」と思わず、以下の対策を早期に検討・実行することが極めて重要です。
- 事業承継計画の策定: いつ、誰に、どのように事業を引き継ぐのか、具体的な計画を立て、関係者と共有する。
- 後継者の早期決定と育成: 時間をかけて後継者を育成し、経営に必要な知識や経験、人脈を引き継ぐ。
- 株式対策:
- 生前贈与などを活用し、計画的に後継者に株式を移転する。
- 種類株式などを活用し、議決権を後継者に集中させる。
- 自社株評価額を引き下げる対策を検討する。
- 納税資金対策:
- 生命保険などを活用し、死亡退職金や納税資金を準備する。
- 事業承継税制(納税猶予・免除制度)の活用を検討する。
- 遺言書の作成: 誰にどの財産(特に自社株)を相続させるか明確にし、相続人間の争いを防ぐ。
会社の相続・事業承継は、一朝一夕には解決できない複雑な問題です。元気なうちから専門家(税理士、弁護士、中小企業診断士など)に相談し、計画的に準備を進めることが、大切な会社と従業員、そしてご家族を守るための最善策と言えるでしょう。