ご自身の財産や家族への想いを形にするために、遺言書の作成を考える方は多いでしょう。そして、「どうせ作るなら法的にしっかりしたものを」と考え、公正証書遺言を選択し、公証役場へ行こうと考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、ちょっと待ってください。遺言を公正証書にすること自体は、強くおすすめしたいのですが、相続の専門家への相談もなく、いきなり公証役場にいくことは、お勧めできないのです。
このブログ記事では、なぜ遺言書作成にあたり、いきなり公証役場へ行くことをお勧めしないのか、その理由と、後悔しない遺言書を作成するためのポイントを解説します。この記事を読むことで、公証役場の役割を正しく理解し、ご自身の想いを確実に未来へ繋げるための、より良い遺言書作成への道筋が見えてくるはずです。
公証役場は「相談」する場所ではない
まず理解しておくべき最も重要な点は、公証役場は遺言の内容について親身に相談に乗ってくれる場所ではないということです。
公証役場は、法律に基づき、遺言書をはじめとする様々な「公正証書」を作成する公的な機関です。公証人の主な役割は、あなたが「こうしたい」と述べた意思表示が、法的に有効な形で文書になるよう、手続きを進めることです。
もちろん、法律的に明らかな誤りや矛盾点があれば指摘してくれるでしょう。しかし、あなたの家族構成や財産状況、これまでの経緯などを深くヒアリングし、「こうした方がより円満な相続になりますよ」「税金面ではこういった問題が考えられますよ」といった、内容に関するアドバイスやコンサルティングを行う場所ではないのです。
依頼者の「言うまま」の遺言書が出来上がる
公証役場では、基本的にあなたが伝えた内容に基づいて遺言書が作成されます。つまり、良くも悪くも「依頼者の言うまま」の遺言書が出来上がる可能性が高いのです。
もし、あなたが伝えた遺言の内容が、将来的に家族間の争いを引き起こす可能性を秘めていたり、相続税の支払いで誰かが困るような内容だったり、あるいは会社の経営に影響を与えるようなものだったとしても、それがあなたの明確な意思として伝えられれば、公証人は原則としてその通りに遺言書を作成します。
この遺言であなたの想いが正しく実現するのか?
遺言者は、ご自身の財産や家族のことですから、当然一番よく分かっているはず、と思いがちです。しかし、当事者であるがゆえに見えていないこと、あるいは法律や税務に関する知識不足から、ご自身が考えている遺言の内容が、本当に最善なのか、意図した通りの結果をもたらすのかを客観的に判断できていないケースが少なくありません。
例えば、こんなケースがあります。
- 円満な相続を願っているのに…
- 「長男が家を継ぐのだから、全財産を長男に相続させるのが当然だ」と考えて遺言書を作成。遺言者自身は、家族は皆仲が良いし、他の子供たちも納得してくれるだろうと思っています。
- しかし、実際には、親の介護を長年献身的に行ってきたのは長女で、長男はほとんど関与していなかったとしたらどうでしょう? 長女は、自分の貢献が全く評価されず、不公平だと感じるかもしれません。
- あるいは、これまで他の子供たちには、学費や結婚資金、住宅購入資金など、様々なタイミングで生前贈与をしてきた、といった事情があれば、長男に全財産を相続させても、他の子供たちが不公平感を抱かないかもしれません。
- 家族それぞれの性格、これまでの関係性、誰がどのような貢献をしてきたか、そして、この遺言によって誰がどのような感情を抱く可能性があるか、そういった背景を深く考慮せずに作成された遺言は、かえって争いの火種となる可能性があります。
- 相続税のことを考えていない…
- 「自宅不動産は長男に、預貯金は次男に」という遺言。一見公平に見えるかもしれません。
- しかし、不動産の評価額が高く、相続税が多額になる場合、不動産しか相続しなかった長男は、納税資金を準備できずに困ってしまう可能性があります。納税資金の調達のため、取得した不動産を売却せざるを得なくなったり、借金をせざるを得なくなることもあります。
- 会社の経営を考えていない…
- 会社経営者であった方が、ご自身の持つ自社株式を、子供たちに均等に相続させるという遺言。
- しかし、実際に会社を継いで経営しているのは長男だけで、他の子供たちは会社経営に全く関与していない場合、どうなるでしょうか? 議決権が分散し、長男は経営に必要な意思決定を迅速に行えなくなったり、他の兄弟から経営方針について異議を唱えられたり、株式に対して配当や高額での買取を要求されたりして、会社の経営が不安定になる恐れがあります。
- 遺留分への配慮がない…
- 特定の相続人に財産を集中させたいあまり、他の相続人の「遺留分」(法律で最低限保障された相続分)を侵害してしまう遺言も問題があります。
- 遺留分を侵害された相続人は、「遺留分侵害額請求」として、遺留分に当たる金銭を遺産をもらった相続人に要求する権利があり、請求されると回避する手段はなく、思惑とは違った結果になることもあります。
意図的に遺留分のことを考慮しないという選択もありますが、その場合は、もし遺留分の請求をされた場合に備えた対策をする必要があります。
- なぜその内容にしたのか、理由が書かれていない…
- 遺言書には、「付言事項」として、遺言者の想いや、なぜそのような財産配分にしたのか理由を書き添えることができます。
- これが無いと、相続人たちは遺言者の真意を測りかね、「なぜ自分はこれだけなんだろう」「何か特別な理由があったのだろうか」と疑心暗鬼になり、親の愛情の偏りを感じたり、不信感や対立を生むことがあります。
- 行方不明の子どもにも財産が…
- 長年連絡が取れず、行方も分からない子どもがいるにも関わらず、その子どもにも他の兄弟と同じように財産を相続させる内容の遺言を書かれていることがあります。
- 連絡が取れず、遺産を遺言通りに分けようにも分けることができない状態となることもあります。
これらは、私がこれまで見てきた「NGな遺言」のほんの一部です。そして、公証役場にいきなり行ってしまうと、遺言者本人が上記のような内容を希望した場合、そのまま遺言書が作成されてしまう可能性が高いのです。
遺言の作成を通じて何を実現したいのか
そもそも、あなたが遺言を作りたい本当の理由は何でしょうか? 単に財産や相続人を指定したいだけでしょうか?
多くの場合、遺言を作成する根底には、「残される家族が円満に暮らせるように」「自分の想いを伝えたい」「お世話になった人に感謝を示したい」「事業をスムーズに承継させたい」といった、遺言があることによって実現できる「良い未来」への願いがあるはずです。
そのためには、単に「誰に何を相続させるか」という表面的な情報だけでなく、あなたの人生の背景、家族への想い、財産の状況、そして法律や税務といった専門的な知識を踏まえ、多角的な視点から遺言の内容を検討する必要があります。
これは、本人だけで考えていては、中々難しいことです。
書きたいと思った遺言はかけていても、思い描いた未来を実現する遺言にはなっていないということもよくあります。
一人で文案を考え、いきなり公証役場に行くのではなく、まずは、専門家を交えて、実現した未来とそれを実現するための遺言を考えていく必要があるのです。
まとめ:後悔しない遺言書作成のために
遺言書は、あなたの人生の集大成であり、残される大切な人たちへの最後のメッセージ、そして未来への設計図です。
その大切な遺言書作成で後悔しないためには、
- いきなり公証役場に行かない。
- まずは、遺言や相続に詳しい専門家に相談する。
- ご自身の状況、家族への想い、実現したい未来について、専門家と共に整理し、検討する。
- 法律、税務、感情面など、多角的な視点からのアドバイスを受ける。
- 十分に検討・整理された内容を、最終的に公正証書遺言として公証役場で作成する。
というステップを踏むことを強くお勧めします。
いきなり公証役場へ行く方が専門家への報酬が発生しないため、費用面では、安くすみます。
しかし、専門家は、あなたの想いを丁寧にヒアリングし、法的な有効性はもとより、相続人間の感情、相続税、事業承継など、様々な側面を考慮した上で、あなたにとって、そして残されるご家族にとって、真に「良い未来」を実現するための最適な遺言書作成をサポートしてくれます。
遺言書の問題が発覚するのは、多くの場合、あなたが他界した後であり、そのときには、間違っていたから書き直すという訳にも行きません。遺言書は何より、間違わないこと、確実なものが遺っていることが大切なのです。
そのための費用としては、専門家への報酬は決して高いものではないと思います。
大切な遺言書作成、ぜひ当社を含めた専門家への相談から始めてみてください。